皆さん、こんにちは。組織・人事コンサルタント i-colorカウンセラーの乾 千恵(i-colorイエロー/ピンク)です。

 

さて、前回は「徳川幕府」が長期政権になった理由についてお話しました。今回も「なぜ、徳川幕府が長期政権を実現できたのか」を紐解きたいと思います。

 

初代将軍 家康公の後を継いだのが、今回の主人公 徳川秀忠です。

 

ちなみに、皆さんは「徳川秀忠」と聞いてどんなイメージを持ちますか?

 

「徳川家康の息子で、日光東照宮を創った3代将軍 家光のお父さん」

「とにかく恐妻家で、正室 お江さんにビビッていた人!」

「そうそう、真田丸のときは星野源だったよね・・・」 

 

・・・・で、あとは?  うーーーーん・・・知らない

 

こんな感じではないでしょうか。きっとあの世で秀忠本人は「わしの狙い通りじゃ♪」とほくそ笑んでいることでしょう。

自分自身を「目立たせない」ことを徹底していたのです。

ですが、彼の実績をじっくり見てみると、「目立たないからってここまでやるか」という連続でした。

 

「無趣味」を貫く

家康は、趣味と実益を兼ねて鷹狩り(鷹を放って、小動物を狩る)が大好きでした。そのため、家康には良い狩場を案内したり、良い鷹を献上するゴマすり人間が集まってきていました。そんな様子を見ていた秀忠は、若い頃に大好きだった「鼓」を将軍になるとピタリと辞めてしまいます。家来たちは「たまには息抜きに…」と薦めると「鼓が好きという情報が流れたら、ゴマすりたい人々がこぞって鼓をもってくる。政務に支障をきたす」と真面目に答えたそうです。秀忠は将軍になってから死ぬまで「無趣味」を貫きます。

 

「嫁さん怖い」を貫く

秀忠と言えば、正室であるお江の方との間に2男5女をもうけているものの、ずっと頭が上がらなかったエピソードが有名です。そして、隠すように側室を持ち、生まれた子供は家臣の養子にして、お江の方が存命の間は親子の対面をしなかったと言われています。ここにも、したたかな秀忠の「思惑」がありました。正室 お江の方は浅井長政とお市の方の末娘で、姉には豊臣秀吉の側室 淀の方、叔父には織田信長といった「強烈な」親族を持つ女性です。秀忠との婚姻も太閤 豊臣秀吉の命令でした。秀吉存命の間は大っぴらに側室を持てなかったことは想像に難くないのですが、秀吉が亡くなり、姉 淀の方が亡くなった後も側室を持つことはしませんでした。

もちろん、家康は秀忠に側室を持たせようと美人を使いに出しましたが、用事が終わると「お役目ご苦労」と帰らせてしまいました。秀忠は、秀吉にも家康にも女性関係に起因した家臣同士の争いが起こったことを見ていました。後継者争いで徳川家を弱体化させる危険性を感じ取っていました。

女性関係で揉め事を起こさなかった秀忠だからこそ、天皇家や公家に対して「禁中ならびに公家諸法度」を定め、天皇家や公家も勢力下に置くことに成功しました。

*娘 和子が後水尾天皇に嫁ぐことが決まっていたのに、後水尾天皇は公家の娘との間に子供を作っちゃったことがバレてしまい、徳川家から縁談を破談にすることをもちかけられ、天皇と公家が大慌てで謝罪することになった事件

 

「徳川幕府ファースト」を貫く

秀忠は、将軍在位の間に41家の大名の改易(取り潰しや移転)を行いました。これは歴代将軍でも群を抜いています。「武家諸法度」のもと、反対勢力となりそうな外様大名の取り潰しを積極的に行いました。例えば、関ケ原の戦いで活躍した福島正則、織田信長の弟 織田有楽斎(死後取り潰し)、家康の孫 蒲生忠郷、伊達政宗の従兄弟 最上義俊といった家を取り潰したり、小さな所領に移動させました。

それだけにとどまらず、弟 松平忠輝(伊達政宗の娘婿)、甥 松平忠直、次男 徳川忠長、側近 本田正純も改易の対象としました。忠輝の背後には伊達政宗、忠直や忠長の背後には将軍家に不満を持つ大名たちが蠢いていたと言われています。たとえ身内であっても、徳川幕府を揺るがす存在は容赦なく潰していきました

そして、こうした改易の後には移動も行われました。例えば、福島正則が治めていた広島には和歌山から浅野家を移動させ、和歌山には弟 頼宣が入り、西国大名への監視役の一端を担うことになりました。結果、近畿地方のほとんどが10万石以下の小大名が中心となり、京都を中心に反対勢力を結集することが難しくなったのです。

 

徳川幕府の政治体制のほとんどが2代将軍 秀忠の時代に成立していきました。ちなみに、秀忠の将軍在位は18年間に及ぶのですが、「え?そんなに長かったの?」というのが率直なところではないでしょうか。

 

秀忠のように「徳川幕府が長く続くには・・・」と戦略を思考することが得意な人をi-color診断では「展開グループ」と言います。「展開グループ」の人たちは、囲碁や将棋のように数手先を見越して、今の打ち手を選択するのが得意な傾向があります。

 

一見、「非情」とも思える数々の施策も「戦国の世を終わらせる」という壮大な目的を達成するために先々を見越したもの。そして何より秀忠のスゴイところは、考えるだけではなくて「実行」したことにあります。

 

あなたの組織には、長期視点で考えた戦略を立て、実行できる秀忠のような人材はいるでしょうか。

乾千恵
組織・人事コンサルタント
はぴきゃりアカデミー第2期修了/i-colorイエロー。約20年間にわたり人材ビジネス業界に従事。「人事が本当に知りたい情報はネットや書籍には載っていない」をモットーに「人事の相談役」として2016年6月に独立。 現在は、大手企業からスタートアップベンチャー企業まで教育研修や人事制度導入サポートなど、人事が携わるあらゆる業務の支援を実施。