皆さん、こんにちは。組織・人事コンサルタント i-colorカウンセラーの乾 千恵(i-colorイエロー/ピンク)です。

 

ちょうど150年前の日本は、情報収集と情報を分析する力が問われる時代でした。そう、N〇K大河ドラマ「西郷どん!」の時代、幕末です。

 

徳川将軍で言うと、13代家定公~15代慶喜公の時代にあたります。当時はペリー来航に始まる外交と将軍家の継承問題が最大の課題であり、関心事でした。

 

世の中は「このままじゃ、ダメだ!」という機運が高まり、「現行を改善するぞ!」という派閥(佐幕派)と「幕府はダメ!新しい政治体制を!」という派閥(討幕派)に分かれる風潮が高まっていました。

 

各藩は生き残りをかけて、どちらの陣営につけば良いかを判断するために江戸と京都の二拠点に「藩邸」と呼ばれる情報集積地を作っていました。当時、情報は「人」を介して伝播されていきました。そのため日本全国から江戸と京都の藩邸に優秀な人材が送り込まれます。精度の高い情報を収集し、適切に分析する力が必要だったからです。

 

そんな彼らの情報交換の場所となったのが、剣術道場や学者の家でした。

例えば、江戸にあった洋学者の佐久間象山のもとには、幕臣の勝海舟、長州の吉田松陰や会津の山本覚馬、土佐の坂本龍馬など日本全国から「洋式兵学」を学ぶ人材が集まってきていました。「洋式兵学」を学びながら、人脈を広げ、他藩の動きや政局、外交に関する情報を収集して自藩に報告するのが彼らのミッションでした。

 

 

日本全国には300余藩あったのですが、その中で「藩邸」という機能を存分に生かしていたのは

 

薩摩藩

 

 

薩摩藩は江戸時代を通じて徳川幕府から「仮想敵国」として常に目を付けられていて、薩摩藩自身も徳川幕府を「仮想敵国」として見ているところがありました。

 

藩内では武士の子弟教育は徹底していて、「郷中(ごじゅう)教育」と呼ばれる地域による幼年子弟の教育と、藩校「造士館」による青年子弟の教育の二段構えで人材育成が行われていました。そのなかでも「郷中教育」は薩摩藩の強さの秘訣と言えます。これは地域に根差した教育体系であり、地域内の年長者が年少者に勉学の基礎を教え、剣術や武術の基礎を教え、年少者の面倒を見させるやり方です。「軍隊」で一番大切な指揮命令を徹底するための上意下達組織が幼少のころから叩き込まれていたと言えます。

 

「年長者が年少者に学問を教える」ためには、年長者は年少者の質問に答えたり、的確に説明をするために、書物を読み込み、理解を深めなければなりません。剣術などの武術も同様です。

また、教え教わる関係となるので、年少者から慕われる、憧憬の存在になることが求められました。

代表格が、「西郷どん!」こと西郷隆盛です。

 

郷中教育は、知識レベルや武術の向上を図るだけではなく人格形成にも大きく影響を与え、幕末から明治にかけて、西郷隆盛のほかにも、大久保利通、大山巌、東郷平八郎など日本の政治や陸海軍を牽引する優秀なリーダーをたくさん輩出することができたのです。

 

 

優秀なリーダーを育成するためには。。。

 

  • 社内、社外に広い人脈を築く機会がありますか?
  • 集まる情報を冷静に分析して、次の打ち手を考える習慣を身に付けさせていますか?
  • リーダーが部下から慕われるための施策はありますか?

 

ちなみに、今年の大河ドラマ主役の西郷さんは、家族や部下、関わった人たちからの証言や史実によると、i-color診断の3グループのうち「発案」グループに属すると推察します。

<発案グループの特徴>

 ・自分のためよりも「世のため、人のため」が最優先。

 ・「この人のためなら!」という忠誠心は強い。

 ・「和」が大事。